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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)179号 判決

原告

日立電線株式会社

被告

古河電気工業株式会社

主文

特許庁が、昭和61年審判第21360号事件について昭和63年7月7日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「架空電線のギヤロツピング防止方法」とする発明(昭和46年12月29日特許出願・特願昭47―2137号、昭和52年2月3日出願公告・特公昭52―4357号、昭和54年8月31日特許第969583号として設定登録)(以下「本件発明」という。)についての特許権者であるところ、原告は、昭和61年10月28日、被告を被請求人として本件特許を無効にする審判請求をした。特許庁は、右の請求を昭和61年審判第21360号事件として審理した結果、昭和63年7月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年8月3日原告に送達された。

二  本件発明の要旨

架空電線の外周に、所定長のS撚りのつる巻き状成形体及びZ撚りのつる巻き状成形体を、架空電線のスパンの略全域にわたる長手方向に沿つてS撚りとZ撚りが一定のくり返しになるかまたはランダムになるように巻付けることを特徴とする架空電線のギヤロツピング防止方法(別紙図面(一)参照)。

三  審決の理由の要点

1  本件発明の要旨は、前項記載(特許法六四条の規定による補正後の特許請求の範囲の記載に同じ。)のとおりである。

2  審決の認定

請求人(原告)が提出した各引用例には、次の事項が記載されている。

(一) 「Ontario Hydro Research Quarterly 4th Quarter 1969」(以下「第一引用例」という。)

ギヤロツピングを抑制するための他の可能な方法は氷が電線に付着するのを邪魔して、合成揚力を零になるようにすること、これを果たす一つの方法は電線の直径の約三〇%の直径を有するロツドを用いて、これを一二インチ位のピツチで電線に螺旋状に巻付けること、巻付ける方向は導体中で何回も変えることができること、これは全径間にわたつて螺旋の方向が同じであると、望ましくない空力的な効果がある恐れがあるのでこれを減ずるためであること、スポイラーが比較的直径の小さいものであると(すなわち、直径の〇・一倍程度だと)被氷は巻いてある間を埋めるように付着し、スポイラーの被氷の形状への影響は小さくなること、スポイラーの直径を大きくすると、被氷は電線とスポイラーの外形に従うようになること。

(二) 米国特許第2,202,538号明細書(以下「第二引用例」という。)

所定長のつる巻状に予め成形された線条体を用いること(別紙図面(二)参照)。

(三) 米国特許第2,691,865号明細書(以下「第三引用例」という。)

S撚り方向とZ撚り方向として予め成形された所定長のアーマーロツド成形体(別紙図面(三)参照)。

(四) 米国特許第781,358号明細書(以下「第四引用例」という。)

あらかじめつる巻き状に成形されている断面円形の金属線材あるいは所期の弾力性を有するプラスチツク材からなる多数本の短尺素子あるいは一本の長尺素子、さらには同じように構成される平形断面の剛性テープ又はリボン等を使用すること、これら素子はS撚りあるいはZ撚りに巻付けられること(別紙図面(四)参照)。

3  審決の判断

(一) 第一引用例には、氷が電線に付着するのを邪魔して、合成揚力を零になるようにロツドを電線に螺旋状に巻付けること、及び望ましくない空力的な効果を減ずるために巻付ける方向を何回も変えることについては記載さていると認められるが、本件発明のように、所定長のS撚りのつる巻き状成形体及びZ撚りのつる巻状成形体を、S撚りとZ撚りが一定のくり返しになるかまたはランダムになるように巻付けることによつて、氷雪の付き方を異ならせ、電線の外周長手方向に一様な翼状の氷雪が生じるのを防ぎ、もつて電線に作用する揚力を長手方向に不均一にし、ギヤロツピングを防止しようとする技術思想は何ら開示されてなく、示唆もされていない。

(二) 第二引用例ないし第四引用例に記載の事項は、いずれも所定長のつる巻き状成形体に関するものであり、本件発明のように、所定長のS撚りのつる巻き状成形体及びZ撚りのつる巻き状成形体を、S撚りとZ撚りが一定のくり返しになるかまたはランダムになるように巻付けることによつて、氷雪の付き方を異ならせ、電線の外周長手方向に一様な翼状の氷雪が生じるのを防ぎ、もつて電線に作用する揚力を長手方向に不均一にし、ギヤロツピングを防止しようとする技術思想については全く開示されてなく、示唆もされていない。

(三) 請求人(原告)は、弁駁書において、本件発明と第一引用例における発明の目的には何ら本質的な違いはない。すなわち、第一引用例においても電線には氷雪が全く付着しないわけではなく、当然氷雪が付着することを是認しているのであり、このことはスポイラーの形状によつて被氷の形状が変わる旨述べていることからも明白であると主張している。たしかに、第一引用例には、「スポイラーの直径を大きくすると、被氷は電線とスポイラーの外形に従うようになる」こと、及び「全径間にわたつて螺旋の方向が同じであると望ましくない空力的な効果があるので、巻付ける方向を導体中で何回も変える」ことが記載されていることは認められるが、この部分の記載をみても、S撚りとZ撚りとによつて被氷の付き方が異なる点や、それによつて不均一な揚力が作用する点などについての解明が十分になされているとはただちには認め難く、結局、第一引用例には、電線に氷雪が付着した場合においても、その氷雪の付き方を異ならせ、電線の外周長手方向に一様な翼状の氷雪が生じるのを防ぎ、もつて電線に作用する揚力を長手方向に不均一にし、ギヤロツピングを防止しようとする技術思想が開示もしくは示唆されているとはいえない。したがつて、第一引用例と本件発明とは本質的に同じ目的を有するとする請求人(原告)の主張は採用できない。

(四) 更に、請求人(原告)は、弁駁書において、架空電線に取り付けるためのつる巻状ロツドを所定長の成形体によつて構成することは、第二引用例ないし第四引用例において開示されているように極めて一般的であり、当業者においては周知慣用技術といえるから、第一引用例記載のつる巻状ロツドを所定長の成形体で構成することは容易である旨主張しているが、前述のように、本件発明と第一引用例ないし第四引用例記載の発明が別異の技術思想に基づくものである以上、そのような第一引用例と第二引用例ないし第四引用例記載の事項を組み合わせても、本件発明を容易に想到し得ないものであることは明らかであるから、請求人(原告)の前記主張も採用できない。したがつて、本件発明は、第一引用例ないし第四引用例に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

四  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点1、2(一)ないし(四)は認める。同3(一)ないし(四)は争う。審決は、本件発明と第一引用例記載の発明とが技術的課題及びこれを解決すべき技術手段の点で共通するものであるのに、この基本的な共通点を看過したために、各引用例に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができるものとは認められないとの誤つた結論を導いたものであるから、違法として、取り消されるべきである。

1  本件発明の技術内容の把握について

(一) 本件発明の特許請求の範囲の記載は、請求の原因二記載のとおりであるが、本件発明の目的ないし課題及びこれを解決するための技術的手段という観点から本件発明の進歩性を検討するに当たつては、以下詳述するところから明らかなように、少なくとも次の二つの要件に区別して判断することが必要である。すなわち、

(1) 架空電線の外周にそのスパンの略全域にわたる長手方向に沿つてS撚りとZ撚りが一定のくり返しになるかまたはランダムになるように(線条類を)巻付けること(以下「第一の要件」という。)

(2) 所定長のS撚りのつる巻き状成形体及びZ撚りのつる巻き状成形体を(使用する)こと(以下「第二の要件」という。)

(二) 本件発明の目的は、「着氷雪した架空電線に発生する揚力を長手方向に沿つて不均一にせしめることによりギヤロツピングを防止せしめる架空電線のギヤロツピング防止方法を提供すること」(本件発明の特許公報・甲第二号証の一、以下「本件公報」という。一欄三六行ないし二欄三行)にあるが、本件発明の詳細な説明には、「つる巻き成形体の巻き方向を変えるのは、あくまでもスパン間における電線に一様な翼状の着氷雪が生じるのを防ぎ、その電線に作用する揚力を長手方向に沿つて不均一にするのが目的である。」(二欄二六行ないし三〇行)と説明されていることからして、ギヤロツピングを防止するという目的を達成するために解決しなければならない当面の課題は、電線の長手方向に沿つて一様な翼状の着氷雪が生ずるのを防ぐことにあるのである。

(三) 本件発明の特許請求の範囲には、「所定長のS撚りのつる巻き状成形体及びZ撚りのつる巻き状成形体(以下「所定長のつる巻き状成形体」ということがある。)を使用すること(前記第二の要件)が、本件発明の構成要件の一つとして明記されているのにかかわらず、発明の詳細な説明欄には、「一様な着氷雪を防止する」という本件発明の基本的な課題を解決するために、何故に、第二の要件が必要とされるのかについては何ら説明されていない。

確かに、実施例に関する説明として、「即ち架空送電線1の外周に該電線の長手方向に沿つて所定長のZ撚りつる巻き成形体2及びS撚り成形体3を交互に巻付けるのである。すると吹雪の時に、電線1の風上側表面に着氷雪しても、Z撚りつる巻き成形体3が巻付けられている部分とS撚りつる巻き成形体3が巻付けられている部分では着氷雪の仕方が全く異なり、着氷雪は電線の外周長手方向に一様な翼状に成長しない。」(二欄五行ないし一二行)との記載があるが、右の記載内容は、あくまでも、撚りの方向を交互に変更したことの効果を説明したものであつて、電線に巻付けるべき線条類を予めつる巻き状に成形し、かつ所定の長さに切断しておくこと(第二の要件)の効果を説明するものではない。所定長のつる巻き状成形体を使用する理由について、発明の詳細な説明欄には、「所定長のつる巻き成形体を使用する理由は、つる巻き状成形体を電線に巻付けやすくするためである。もし連続長の線条体を巻き方が異なるように電線に巻付けるとすると、巻返し点を固定しなければならず線状体の巻付け作業が非常に面倒となる。また互に巻き方が異なる所定長のつる巻き状成形体2、3を交互に配置するのは、もし巻き方が同一方向のつる巻き成形体のみを用いると、電線の長手方向に沿つて一様な着氷雪が生じ、全線にわたつて一様な揚力が発生してしまうからである。」と説明されている。

(四) 発明の詳細な説明欄における右の記載内容を総合すると、一様な着氷雪を防止するという本件発明の課題を解決するために絶対に必要とする要件は、架空電線のスパンの略全域にわたる長手方向に沿つてS撚りとZ撚りが一定のくり返しになるかまたはランダムになるように(線条類を)巻付けること(以下「第一の要件」という。)であつて、所定長のつる巻き状成形体を使用することでも、連続長の線条体を使用することでもないことが理解される。要するに、何らかの線条類をその撚り方向を交互に変更して電線に巻付けることである。したがつて、発明の詳細な説明欄に記載された本件発明の目的ないし課題との関連において見るかぎり、本件発明の特許請求の範囲において「所定長のS撚りのつる巻き状成形体及びZ撚りのつる巻き状成形体」を(使用する)こと(第二の要件)を規定しているのは単なる付加的事項を規定したにすぎないものとみざるを得ない。

(五) この点、被告は、所定長のつる巻き状成形体を使用することが、着氷雪した架空電線に発生する揚力を不均一にするための必須要件であるごとく主張するが、本件明細書には前述のとおりつる巻き状成形体を用いることによつて巻付作業を容易にする旨の記載があるのみで、これによつて揚力を不均一にすることができるものであることを示唆する記載は全くない。確かに、架空電線に対する着氷雪の仕方は、風雪の側からみた架空電線の外観形状にある程度依存し、架空電線の外観形状が異なれば着氷雪の仕方も異なることがありえようが、本件明細書添付のギヤロツピング防止方法に使用する架空電線の一実施例を示した図面によつても、架空電線の外観形状は、所定長のつる巻き状成形体を使用しているにもかかわらず、通常の線条類をその巻付方向を適宜変更して電線に巻付けて得られるであろう外観形状と実質的な差異がなく所定長のつる巻き状成形体を使用したことによる特徴的な外観形状を全く見い出すことができず、この点において、両者の間に外観形状に実質的な相違はないというべきであるから、所定長のつる巻き状成形体は、架空電線の外観形状を決定付ける手段として使用されていないことは明白である。結局、着氷雪による揚力を不均一にするための必須要件は、被告主張のように所定長のつる巻き状成形体を使用することではなく、要するに、何らかの線条類をその巻付方向を適宜変更して電線に巻付けることにあると認定せざるを得ないのであるから、この点の被告の主張は失当である。

2  第一引用例の開示内容

(一) 第一引用例は、送電線のギヤロツピング現象に関する数多くの文献情報を網羅的に調査したうえ、その調査の結果に基づいてギヤロツピングの発生原因やそのメカニズムを実験的、理論的に解明し、かつ、問題のスポイラーによる方法を含む四種類のギヤロツピング抑制方法を具体的に提案した学術報告である。特に、第一引用例の「典型的な着氷の形状」の項(一五頁左欄二〇行ないし同頁右欄末行)には、実際の結氷暴風(アイスストーム)中での観察結果として、剛性の高い導体(電線)の場合には風上側の上方1/4円の部分に氷が付着し、その形状及び方向が径間(スパン)全体にわたつてほぼ同じであつたことが報告されており、また「一般的な空気力学的メカニズム」の項(一六頁左欄一行ないし同頁右欄二六行)には、強風がある角度で非対称断面に当たつた場合、空気力学的な揚力が発生し、それがギヤロツピングの原因になること、導体に作用する揚力成分及び抗力成分の合成値が系統固有の振動減衰力を超えた場合にギヤロツピングが発生すること等が説明されている。しかも、「実験的な試験設備」の項(二一頁左欄一八行ないし同頁右欄末行)には、自然着氷の形状を模擬した翼片を全径間にわたつて取り付けた実規模の試験線によつて、自然条件の場合に類似するギヤロツピングを発生させることに成功したことが報告されている。右の開示事項は、本件明細書における「ギヤロツピングは電線に着氷雪があつた時に発生しやすい。このギヤロツピングが生じると隣接する電線と閃絡の原因となる。ギヤロツピングは特に電線の風上側に長手方向に沿つて均一な着氷雪があつた場合に多く発生する。即ち電線の断面が翼のようになり、全線にわたつて一様な揚力が発生するからである。」(一欄二九行ないし三五行)との記載に対応するものであるが、第一引用例におけるギヤロツピングの発生原因やそのメカニズムについての説明は、本件明細書の記載とは比較にならない程詳細かつ明解であることは注目すべきことである。

(二) 第一引用例のうちで、本件発明と最も関係の深いのは、「スポイラー」の項(二〇頁右欄一二行ないし二一頁左欄一七行)の記載内容であるが、そこには、次のとおりの開示がある。

「スポイラー可能性がある別のギヤロツピング抑制方法は、合成揚力が実効的に零になるように導体(電線)上における氷の付着の成長を邪魔することである。これを実現する一つの方法は、導体の直径の約三〇%の直径を有するロツドを使用し、これを約一二インチのピツチで導体に螺旋状に巻付けることである。螺旋の方向を径間全体にわたつて同一にすることに起因する望ましくない空気力学的効果を減ずるため、撚りの方向は、導体に沿つて数多くの間隔で変更することができる。スポイラーの直径が比較的小さい場合(例えば直径〇・一インチ)には個々の巻回の間の間隔を氷が埋めるようになり、氷の形状はスポイラーによつてほとんど影響を受けることがない。スポイラーの直径を大きくすると、氷は導体及びスポイラーによる全体外形に従うようになる。この方法は、非常に魅力があるとはいえないものの、極めて困難な問題を抑制する一つの可能性ある手段を提案するものである。」右の記載のうち、実現可能なギヤロツピング抑制方法の一つとされた「合成揚力が実効的に零になるように導体(電線)上における氷の付着の成長を邪魔すること」とは、第一引用例の他の記載を参照して理解すれば、導体の径間全体にわたつてその形状及び方位が同じである着氷(本件明細書にいう「一様な翼状の着氷雪」)が成長するのを何らかの方法で邪魔することにより、導体全体に作用する揚力(空気力学的効果)が系統固有の振動減衰力を超えないようにするという意味に解される。なお、本件明細書においては、「電線に作用する揚力を長手方向に沿つて不均一にする」(二欄二八行ないし二九行)と表現されているが、これも、「合成揚力が実効的に零になるよう」にするという第一引用例に記載された右の事象を別の表現で述べているにすぎない。なぜなら、揚力を長手方向に沿つて不均一にすることができたとしても、電線全体に作用する揚力が結果として系統固有の振動減衰力を超えるような場合には、依然としてギヤロツピングが発生する可能性があるからである。そして、第一引用例の右の記載は、適当な太さのロツドを適当なピツチで導体に螺旋状に巻付けることにより、導体に一様な着氷が成長するのを邪魔することができること、螺旋方向(撚り方向)を径間全体にわたつて同一にすると望ましくない空気力学的効果(すなわち、一様な揚力)が発生し、これがギヤロツピングの原因になるので、これを減ずるために、撚り方向は導体に沿つて数多くの間隔で(本件発明の表現を借りれば、「S撚りとZ撚りが一定のくり返しになるかまたはランダムになるように」)変更することが望ましいこと及びスポイラーの撚り方向を導体に沿つて数多くの間隔で変更した場合には、いわゆるS撚りの部分とZ撚りの部分とでは導体に付着する氷の形状が当然に異なることになり、結果として導体の長手方向に沿つて一様な着氷が成長するのを防止できることが明確に教示している。

(三) 右のとおり第一引用例には、本件発明の第一の要件、すなわち、「架空電線のスパンの略全域にわたる長手方向に沿つてS撚りとZ撚りが一定のくり返しになるかまたはランダムになるように」(線条類を)巻付けることが開示されており、更に、そのような手段を採択すれば、電線の長手方向に一様な着氷が成長するのを防ぎ、もつて、同電線に作用する合成揚力を実効的に零にして(本件明細書にいう「電線に作用する揚力を長手方向に沿つて不均一に」して)ギヤロツピングを有効に抑制できることが明確に開示されているのである。しかも、本件発明による送電線と第一引用例記載のスポイラーを付した送電線は、所定長のつる巻き状成形体を使用するか、ロツド(スポイラー)を使用するかの違いこそあるものの、線条類をその撚り方向を交互に変えて電線(導体)に巻付けることにおいて完全に共通する以上、空気力学的にみた構造は両者全く同一である。そして、空気力学的にみた構造が同一であれば、本件発明による方法が、電線に一様な翼状の着氷雪を防止して同電線に作用する揚力を長手方向に不均一にする効果を有するのであれば、第一引用例における方法も当然同様の効果を有するはずである。

(四) 被告は、第一引用例に記載されたスポイラーは着氷雪そのものを阻止するためのものであつて本件発明のように着氷雪を利用してギヤロツピングを防止するものではない旨主張するが、第一引用例の「現実可能な抑制方法」の欄には、前記引用に係る記載を内容とする「スポイラー」の項のほかに、「着氷の防止」(Prevention of lcing)と題する項が別個に設けられており、そこには、電熱解氷技術や着氷防止膜などによつて導体(電線)への着氷そのものを防止することによるギヤロツピング抑制方法が開示されていること及び「スポイラー」の項の記載内容からして、「スポイラー」の項における「氷の付着の成長を邪魔する」(interfere with the development of the ice deposits)とは、導体(電線)に対する氷の付着そのものを邪魔(防止)することを意味するものではないことは明らかである(英文では、interfereとpreventの語を使い分けている。)。そして、前述のとおり、「スポイラー」の項には、ギヤロツピング防止の一方法として、導体の直径の約三〇%の直径を有するロツド(スポイラー)を約一二インチのピツチで導体に螺旋状に巻付け、同ロツドの巻付方向(撚り方向)を数多くの間隔で変更することが明瞭に開示されている(審決の認定も同様である。)ところ、「ロツド」については、その材質や構成を限定する記載はどこにもないから、「ロツド」の語は、原告のいう「線条類」と同義であると解される。したがつて、第一引用例の右の記載から容易に把握することができる技術的思想は、要するに、何らかの線条類をその撚り方向を適宜変更して電線に巻付けることによるギヤロツピング防止方法の発明そのものにほかならない。第一引用例の「スポイラー」の項の記述が、架空電線に被着する着氷雪の形状を積極的に制御して着氷雪が均一に付着しないようにすることにより、同電線に一様な揚力が発生するのを防止する技術を開示したものと理解できることは、昭和46年11月社団法人電気学会東京支部発行「昭和46年電気学会東京支部大会論文集」(昭和46年12月4日国立国会図書館受入)(甲第一〇号証及び第一二号証)及び昭和54年9月社団法人電気学会発行「電気学会技術報告」第Ⅱ部第八二号(甲第一一号証)でも裏付けられるところである。

3  本件発明の容易推考性について

(一) 右にみたとおり、第一引用例には、架空電線の長手方向に沿つて一様な翼状の着氷が生ずるのを防いでギヤロツピングを抑制するため、同電線の径間全体にわたり、撚り方向を数多くの間隔で変更してロツド(スポイラー)を巻付けることが明瞭に開示されており、本件発明における「S撚りとZ撚りが一定のくり返しになるかまたはランダムになるように巻付けること」も、第一引用例における「撚り方向を数多くの間隔で変更して巻付けること」も、ともに、撚りの方向を適当な頻度で交互に変更して巻付けることに変わりがないから、本件発明における第一の要件は、第一引用例に記載されているというべきである。

(二) 架空電線に線条類をS撚り又はZ撚りで巻付ける場合に、右線条類として所定長のつる巻き状成形体(つる巻き状に予め成形し、かつ、所定の長さに予め切断した線条類)を使用することは、第二引用例ないし第四引用例の記載から明らかなように、架空送電線や架空通信線の分野においては、すでに周知もしくは慣用手段となつていた。

① 第二引用例は、送電線導体の補強用線条の発明に係る米国特許明細書であるが、その一頁右欄四五行ないし二頁左欄七行には、次のような事項が記載されている。

「都合の良い長さの補強用線条10を適当な方法で予め螺旋状に成形しておく。このように成形しておくと、たとえ、同線条10が引抜硬化線をもつて構成されている場合であつても、同線条10又は送電線導体(例えば、11)のいずれかを僅かに曲げ、かつ同線条10の一端を起点として他端を捩ることにより、手を使つて同線条を送電線導体11に巻付けることが可能となる。

なお、補強用線条10は、第3図に示すように、その螺旋の内径が送電線導体11の外径と略同一であるように成形されているため、同線条は、導体11に巻付けられることによつて同導体に固く密着する。このようにして、補強用線条10は、送電線導体11の軸方向における相対運動を充分抑制するに足る堅固な摩擦把握力を備えることになる。」

② 第三引用例は、俗に「アーマーロツド」と呼ばれている送電線導体補強用の螺旋状成形体の改良及び製造技術の発明に係る米国特許明細書であるが、その一頁左欄九行ないし同欄三六行には、次の事項が記載されており、また、第三引用例の第7図ないし第9図には、右撚り及び左撚り(S撚り及びZ撚り)のアーマーロツドの例が具体的に開示されている。

「通常の場合、本発明のアーマーロツドは、円形断面の棒状片又は線条片であつて、懸垂導体を包括して把握するための螺旋部材として機能する。尤も、本アーマーロツドは、金属以外の材料(例えばプラスチツク等)で構成し、かつ、断面形状として円形断面以外の形状を採用することも可能であるが、その望ましい形態は円形断面の金属部品である。本発明は、特に未切断の螺旋状成形体の剪断方法に関するものであつて、剪断面間での金属のずれが原因となつて生ずるバリ、ケバ等の突起の位置をうまく制御することにより、この種の突起が送電線導体の表面を傷つけるのを防止しようとするものである。即ち、本発明の狙いは、線条片又は棒条片の先端を金槌等で叩いて整形する等の処理をしなくても、この邪魔な金属突起を排除することができる方法を提案しようとするものである。従つて、本発明の主な目的は、アーマーロツドを所定の切断長に剪断する際、特別な付加的操作又は処理を伴うことなく、剪断縁の方位を有害効果を生じない方向に向けさせるようにするための望ましい方法を提供することにある。また、これらの特性を有する新規な剪断製品を提供することがもう一つの目的である。」

③ 第四引用例は、電力ケーブル又は電信ケーブルをメツセンジヤーワイヤーに縛り付ける方法の発明に係る英国特許明細書であるが、その二頁左欄四二行ないし同欄六三行には、次の事項が記載されている。

「図面を参照してより詳しく説明すれば、本発明の実施例では、予め螺旋状に成形された部材よりなる長さの短い複数本の素子又は連続長の一本の素子が使用される。この螺旋状成形部材は、円形断面の金属製の線条又は棒条であつても良いし、あるいは必要な弾性をもつ円形断面のプラスチツク部品か、同様に構成されたテープ又はリボン状の堅い平板片であつても良い。素子10は、右撚り(S撚り)でも左撚り(Z撚り)でも良いが、その内径は、収容すべきケーブル及びメツセンジヤーワイヤーの総外径と略等しくなるようにする。なお、螺旋のピツチ長Pは、右素子を構成する材料の降伏点を超えない範囲でケーブル及びメツセンジヤーワイヤー組立体を縛り付けるのに充分な値とする。」

(三) 右の引用例における記載から明らかなように、架空電線のスパンの略全域にわたり、S撚りとZ撚りが一定のくり返しになるかまたはランダムになるように線条類を巻付けること(第一の要件)によつて同電線の長手方向に沿つて一様な翼状の着氷雪が生ずるのを防いでギヤロツピングを抑制する方法を実施するに当たり、右線条類の架空電線への巻付作業を容易にするために、所定長のS撚りのつる巻き状成形体及びZ撚りのつる巻き状成形体を使用するごときは、当業者にとつて極めて容易に類推し得る事項であるといわざるを得ない。したがつて、本件発明は、第一引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとして、本件特許は無効とされるべきものである。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四の主張は争う。審決の認定判断は、正当であり、審決には何ら違法の点はない。

三  被告の主張

1  本件発明の目的、構成及び効果

(一) 本件発明の目的は、着氷雪した架空電線に発生する揚力を長手方向に沿つて不均一にさせることによりギヤロツピングを防止することであり、単にギヤロツピングを防止するというのではなく、「着氷雪した架空電線に発生する揚力を長手方向に沿つて不均一にさせることによつて」ギヤロツピングを防止する点にある。

(二) 着氷雪した架空電線に発生する揚力を長手方向に沿つて不均一にさせるために、本件発明の欠くことのできない構成として特許請求の範囲に記載されたとおり、(イ)所定長のS撚りのつる巻き状成形体及びZ撚りのつる巻き状成形体を用いること、(ロ)所定長のS撚りとZ撚りのつる巻き状成形体の巻付は、架空電線のスパンの略全域にわたる長手方向にそつてS撚りとZ撚りが一定のくり返しにまたはランダムに巻付けることであり、(ハ)そして、電線に巻付けやすくするために、所定長のつる巻き状成形体を使用することの各要件を採択したものである。

(イ)の要件について

所定長のS撚りのつる巻き状成形体と所定長のZ撚りのつる巻き状成形体は、本件発明の目的であるところの「着氷雪した架空電線に発生する揚力を長手方向に沿つて不均一にさせること」を実現するために、欠くことができないものである。ギヤロツピング振動は、架空電線の長手方向に沿つて着氷雪が翼状に生じてこれに風が吹きつけると鉄塔間の架空電線の全線にわたり一様な揚力が発生して起こる振動であるから、本件発明は、この架空電線の着氷雪により生ずる全線にわたる一様な揚力を不均一にすることによつてギヤロツピングを防止するのであり、このために、単に一様の連続線状体をつる巻き状に巻付けるのではなく、特に、所定長のS撚りのつる巻き状成形体と所定長のZ撚りのつる巻き状成形体を用い、これを架空電線の外周にS撚りZ撚りを交互に一定のくり返しになるかまたはランダムになるように巻付けるのであり、これによつて架空電線の全域にわたる揚力は不均一にされるのである。もしも、S撚りとZ撚りのつる巻き状成形体を用いないで巻き方が同一方向のつる巻き状成形体のみを用いると電線の長手方向に沿つて一様な着氷雪が生じ全線にわたつて一様な揚力が発生してしまうのである(本件公報二欄二二行ないし二五行)。本件発明のように架空電線の全域にわたつてS撚りのつる巻き状成形体とZ撚りのつる巻き状成形体を交互に一定のくり返しまたはランダムに巻付けることにより、吹雪の時に電線の風上側表面に着氷雪してもZ撚りつる巻き状成形体が巻付けられている部分とS撚りつる巻き状成形体が巻付けられている部分では着氷雪の仕方が全く異なり、着氷雪は電線の外周長手方向に一様な翼状に成長せず、したがつて電線に風が吹き付けても電線には長手方向に沿つて不均一な揚力が作用しギヤロツピングが防止されるのである(本件公報二欄五行ないし一五行)。このように、所定長のS撚りのつる巻き状成形体とZ撚りのつる巻き状成形体は、本件発明の目的を達成するためには欠くことができないものである。

(ロ)の要件について

ギヤロツピングの発生は、着氷雪と吹き付ける風の状況等により異なり、またギヤロツピングを起こす揚力を発生させる風が吹くような地形の状況等にも影響されるので、種々異なる状況下にある個々の架空電線に生ずる揚力を不均一にするためには、すべての架空電線に対して一様に一定のS撚りとZ撚りのつる巻きを巻付けるのではギヤロツピングを防止することはできないのであり、このために、本件発明は所定長のS撚りのつる巻き状成形体と所定長のZ撚りのつる巻き状成形体を用い、その架空電線の地域場所の個々の異なる状況に応じて個々の架空電線ごとにその揚力が不均一になるように、架電線のスパンの略全域にわたる長手方向に沿つて所定長のS撚りと所定長のZ撚りが一定のくり返しになるように巻付けあるいはランダムになるように巻付けるのである。このように、S撚りとZ撚りが一定のくり返しまたはランダムになるように巻付けることは、スパン間における電線に一様な翼状の着氷雪が生ずるのを防ぎ、その電線に作用する揚力を架空電線の長手方向に沿つて不均一させるために必要不可欠であり(本件公報二欄二六行ないし三二行)、また、着氷雪の仕方を異ならせて電線に長手方向に沿う不均一な揚力を作用させてギヤロツピングを防止するために必要不可欠であつて、(ロ)の要件も本件発明の目的を達成するために欠くことができない構成である。また、種々の異なる状況下の架空電線の個々の状況に応じてその揚力を不均一にさせてギヤロツピングを防止するためにS撚りとZ撚りが一定のくり返しになるかまたはランダムになるように巻付けるには、つる巻き状成形体は、連続する一様のものではだめであり、種々異なる状況下の個々の架空電線の状況に応じて適用できるように所定長のものであることが必要である。このつる巻き状成形体が所定長のものであることは架空電線の長手方向の着氷雪による揚力を不均一にさせてギヤロツピングを防止する本件発明には欠くことができないことである。

(ハ)の要件について

所定長のつる巻き状成形体を使用するのは、電線に巻付けやすくするためである。連続する長い線状体を巻き方が異なるように電線に巻付けるのでは、巻付方向を反転させるS撚りとZ撚りの巻返し点を固定しなければならず、線状体の巻付作業が非常に面倒となるから、巻付けやすくするために成形体にしたのであり、この成形体の成形はS撚りとZ撚りに成形し、連続長でなく所定長にしたのである。これによりスパンの略全域にわたる架空電線に対してS撚りとZ撚りのつる巻き状成形体を巻付ける作業は、連続した一本の線状体を電線の外周につる巻き状に曲げながら巻付ける作業に較べればきわめて容易となる(本件公報二欄一五行ないし二〇行)。しかも、新設線路のみでなく既設路線へも適用できるのである(同四欄七行ないし九行)。このように、本件発明においては、架空電線の外周に巻付けるS撚りとZ撚りのつる巻き線を成形体にすること、その成形体を所定長とすることは、前述した架空電線の長手方向の着氷雪による揚力を不均一にさせてギヤロツピングを防止するために必要不可欠であるとともに、巻付け作業を容易にするためにも必要不可欠なのである。

(三) 本件発明は、右のとおり目的及び構成によつて、電線の風上側に着氷雪が生じてもS撚りの成形体が巻付けられている部分とZ撚りの成形体が巻付けられている部分では着氷雪の仕方を異ならせることができ、したがつて、電線には長手方向に沿つて不均一な揚力が作用してギヤロツピングが防止され、また、所定長のつる巻き状成形体があらかじめ成形されていることにより、電線への巻付けが容易となり、一旦巻付けたら外れにくくなり、しかも新設線路のみでなく既設線路へも適用することができるという効果を奏するのである。右のとおりであるから、本件発明の特許請求の範囲に記載された技術的事項は、いずれも、その目的を達成して所期の効果を得るために必要不可欠の要件であり、「所定長のS撚りのつる巻き状成形体及びZ撚りのつる巻き状成形体」を使用することが、単に付加的な事項を規定したにすぎないとする原告の主張は失当である。

2  引用例の記載事項について

(一) 第一引用例に記載された事項

第一引用例のスポイラーの項には、「合成揚力が実効的に零になるように導体上における氷の付着の成長を邪魔することである。これを実現する一つの方法は、導体の直径の約三〇%の直径を有するロツドを使用し、これを約一二インチのピツチで導体に螺旋状に巻付けることである。」という記載があるが、ギヤロツピングは架空電線に着氷雪が生じて発生するのであるから、電線に氷雪が付着するのを阻止すれば、ギヤロツピングの発生が防止されることは理解し得るとしても、ロツドを導体に螺旋状に巻付ければ揚力が零になるように氷の付着の成長を邪魔することができ、ギヤロツピングを防止することができるとは到底理解し得ない。第一引用例はギヤロツピングを防止する技術を明確には開示していないというべきである。第一引用例のスポイラーの項は、ロツドを導体に螺旋状に巻付けてギヤロツピングを防止しようとすることを述べているとすれば、これはスポイラーとして説明されているのであるから、導体に螺旋状に巻付けたロツドをスポイラーとすることによりギヤロツピングを防止しようとするものと解するほかない。スポイラーとは、たとえば飛行機の翼に設けられたスポイラーの場合は、スポイラーそれ自体が風圧を受けて揚力を減殺するものであり、競走自動車の前後端にあるスポイラーの場合はスポイラーそれ自体が風圧を受けて車体を地面に押し付けるものである。また、電線におけるスポイラーとしては、ボルテツクス・スポイラーとしてトリツプワイヤを電線に螺旋状に巻付けることが知られているが、これは巻付けたワイヤ自体がカルマン渦を弱めもしくは消滅させて電線の振動、騒音を防止しようとするものである(昭和48年8月財団法人電力中央研究所技術第一研究所編集発行「風による電線騒音―模擬電線の騒音とトリップ・ワイヤの効果」研究報告73015・乙第一号証参照)。

第一引用例において導体に螺旋状に巻付けるロツドは、何故に氷の付着の成長を邪魔し揚力を零にすることができ、ギヤロツピングを防止できるのかは明らかにされていないが、スポイラーとされているのであるから、この巻付けられたロツドは着氷の揚力を利用するものではなく、巻付けられたロツド自体が風圧を受けて揚力を減殺するスポイラーとなつて電線の振動を防止するものと解するほかはない。このような第一引用例には、電線に巻付けられたロツド自体の揚力ではなく、着氷雪に生ずる揚力を不均一にすることによりギヤロツピングを防止するという技術は開示されていないというべきである。スポイラーとは、前述のとおりそれ自体が風圧を受けるためのものであるから、第一引用例のスポイラーの項における「螺旋の方向を径間全体にわたつて同一にすることに起因する望ましくない空気力学的効果を減ずるため、撚りの方向は、導体に沿つて数多くの間隔で変更することができる。」ということは、導体に螺旋状に巻付けられたスポイラーとしてのロツド自体が風圧を受けることによる何らかの望ましくない空気力学的効果を減ずるために巻付け方向を変更することをいつているものと解するほかはない。螺旋の方向を径間全体にわたつて同一にすることに起因する望ましくない空気力学的効果とはどのようなことをいうのかについて、第一引用例は何ら明らかにしていない。原告は、第一引用例にいう「望ましくない空気力学的効果」は、本件明細書にいう「一様な揚力」であるというが、何故にそのようにいえるかは疑問である。径間の架空電線は中間部分が垂下する曲線になつており、完全な水平線にはなつていないのであるから、これに巻付けられたロツドの個々の螺旋の水平方向に対する角度は径間全体にわたつてすべて同一にはならず、したがつて、この個々の螺旋に風が吹き付けて生ずる揚力は径間全体にわたつて一様になるとはいえない。また、第一引用例にいう「空気力学的効果」とは、導体に付着成長した着氷についての空気力学的効果をいうものとは解されず、導体に巻付けられたスポイラーとしてのロツド自体が風圧を受けることによる空気力学的効果をいうものと解すべきである。なぜならば、第一引用例は氷を電線に付着させないためにロツドを巻付けるのに、付着成長させた着氷についての空気力学的効果を当然のこととしていうのは矛盾するからである。また、第一引用例には、「スポイラーの直径を大きくすると、氷は導体及びスポイラーによる全体外形に従うようになる。」が、その意味するところも明らかではない。そして、スポイラーの項の終りには、「この方法は、非常に魅力があるとはいえない」とも記載されているのであるから、このスポイラーは実効あるギヤロツピング防止技術として紹介されているものではなく、第一引用例の終りの一般的結論の項でも、前記のスポイラーはギヤロツピング防止技術としては挙げられていないのである。第一引用例には、右にみたとおりの記載内容しかないのであるから、第一引用例には、電線の着氷雪を阻止するのではなく、その着氷雪を積極的に利用し、スパン全域の着氷雪した架空電線に発生する揚力を長手方向に沿って不均一にさせることによつてギヤロツピングを防止するという技術思想は開示されていないというべきである。なお、原告は、第一引用例には、原告の主張するごとき着氷の成長を制御することによるギヤロツピング防止技術が開示されているとみられることの裏付けとして、甲第一〇号証及び第一一号証を提出するが、それらの記載内容と第一引用例との関連が明確でなく、かつその内容にも不明確な点があるから、これら甲号証の記載事項は、第一引用例の記載内容を理解するための補強資料となるものではなく、かえつて、第一引用例の開示内容が不明瞭であることを裏付けるものである。

(二) 第二引用例ないし第四引用例に記載された事項

(1) 第二引用例に記載されているものは、電線の支持部分に補強用線条を巻付けるものである。この補強用線条は、電線のスパンの全域にわたつて巻付けるものではなく、第一引用例の導体に巻付けて着氷雪の付着成長を邪魔するロツドとの共通性もない。

(2) 第三引用例には、右撚りと左撚りの補強用アーマーロツドが図示されているが、この第三引用例に示された技術は右撚りと左撚りのアーマーロツドに対する剪断技術である。このアーマーロツドを剪断する技術は第一引用例における着氷雪の付着成長を邪魔するために巻付けるロツドとは何らの共通性もない。

(3) 第四引用例に記載されているのは、ケーブルとメツセンジヤワイヤを一緒に縛り付けるためのラツシングワイヤであり、その巻き方向を右撚りと左撚りに連続形成したのは、右撚りと左撚りの中間部分(第10―13図の22)を持つてケーブルとメツセンジヤワイヤの周りに巻付ければ、その中間部分の両側の右撚り部分と左撚り部分とが同時にケーブルとメツセンジヤワイヤの周りに巻付けられるからであり、これにより巻付け作業をしやすくするためである。これは第一引用例の氷の付着成長を邪魔するロツドとは何ら共通性がない。

3  本件発明と各引用例記載事項との対比

(一) 第一引用例記載事項との対比

第一引用例には、前述したとおり具体的なギヤロツピング防止技術が明確に開示されているとみることはできず、しかも、第一引用例に示されているのは、氷が電線に付着成長するのを邪魔するためにロツドを巻付けるものであり、そのロツド自体が風圧を受けるスポイラーとして示されているのであつて、それは導体の着氷雪を積極的に利用し着氷の揚力を利用する技術ではない。したがつて、第一引用例には、スパン全域の着氷雪した架空電線に発生する揚力を長手方向に沿つて不均一にさせることによつてギヤロツピングを防止するという技術は何ら開示されていない。原告は、本件明細書にいう「電線に作用する揚力を長手方向に沿つて不均一にする」という表現も、第一引用例にいう「合成揚力が実効的に零にするようにする」ということも、結果的に同じ事象を表現しているものであると主張するが、揚力を長手方向に沿つて不均一にすることと零にすることは全く異なることであり、しかも第一引用例においては揚力を実効的に零にするとしているが、何故に零になるのかは明らかではない。本件発明では電線に発生する揚力を零にするのでなく(零にすることはできない。)、長手方向に沿つて不均一にするのである。本件発明は、電線の着氷雪を阻止するのではなく着氷雪を積極的に利用し、その電線に生成される着氷雪の形状をギヤロツピングを起こす揚力が生じないように生成させるのである。このような技術思想は第一引用例には何ら開示されていない。また、本件発明は、所定長のS撚りのつる巻き状成形体と所定長のZ撚りのつる巻き状成形体を用い、これを架空電線の外周にS撚りとZ撚りを交互に一定にくり返しになるかまたはランダムになるように巻付け、これによつて、架空電線の全線にわたる揚力を長手方向に沿つて不均一にさせるものである。このような技術思想は第一引用例には何ら開示されていない。

(二) 第二引用例ないし第四引用例記載事項との対比

第二引用例に示された送電線支持物取付け点補強用の線条は、架空電線のスパンの全域にわたつて巻付けるものではなく、第一引用例の導体に巻付けるスポイラーのロツドとは何らの共通性もなく、第一引用例のスポイラーに適用すべき余地はない。仮に、この第二引用例の補強用線条を第一引用例のものに転用してみても、第一引用例の導体の支持物取付け点に巻付けられるだけであり、これでは第一引用例の技術が意図する導体の氷の付着成長の防止は全く不可能であり、まして本件発明のようにS撚りとZ撚りの各つる巻き状成形体を架空電線のスパンの全域にわたつて巻付けて、電線の着氷雪の付着形状をスパン全域の揚力が不均一になるような形状に生成させてギヤロツピングを防止するという発明は構成されない。

第三引用例に示されたアーマーロツドの剪断技術は、第一引用例の着氷雪防止の技術とは何ら共通性もなく、本件発明における着氷雪した電線の揚力を不均一にするつる巻き状成形体とも何ら関係がない。第三引用例には、右撚りと左撚りの補強用のアーマーロツドが図示されているが、これと第一引用例記載のものを総合してみても、それは第一引用例の導体の支持物取付け点に右撚りと左撚りの補強用のアーマーロツドが巻付けられる構成になるだけであり、本件発明のように、S撚りとZ撚りのつる巻き状成形体を架空電線のスパンの全域にわたつて交互に巻付ける構成は生じない。

第四引用例に示されたケーブルとメツセンジヤワイヤを一緒に縛り付けるラツシングワイヤは、その縛り付け巻付け作業を容易にするために巻き方向を右撚りと左撚りに連続させて形成したものであるから、これを第一引用例のものに適用しようとしても、第一引用例にはメツセンジヤワイヤとケーブルのように縛つて一体に纏めるべき二物なるものは存在せず、これでは適用する術もない。このような第四引用例と第一引用例を総合しても、本件発明のようにS撚りとZ撚りの所定長のつる巻き状成形体を架空電線のスパンの全域にわたつて巻付ける構成は生じない。

このように、第二引用例ないし第四引用例に示されているものは、電線補強用のアーマーロツドやケーブル・メツセンジヤワイヤ縛り付け用のラツシングワイヤであつて、いずれも本件発明のような電線の着氷雪の揚力がギヤロツピングを起こさないようにする技術を何ら示唆しておらず、第一引用例の着氷を防止する技術とも何らの共通性がないのであるから、これらを第一引用例の技術と総合すべき余地もない。

三  右のとおりであるから、本件発明と第一引用例ないし第四引用例に記載された技術は別異の技術思想であるとして、本件発明は各引用例に記載された事項から容易に発明をすることができたものとすることができないとした審決の認定判断は正当であり、原告主張のような違法の点はない。

第四証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本件発明の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二  取消事由の判断

1  前記争いのない本件発明の要旨に、成立に争いのない甲第二号証の一(本件発明の特許公報)及び二(補正後の公報)を総合すると、本件発明は、架空電線に対する一様な着氷雪を防止し、これに発生する揚力を長手方向に沿つて不均一にせしめることによりギヤロツピング(架空電線の異常振動)を防止することを目的として、その特許請求の範囲に記載したとおりの構成を採用したものであること、本件発明において、所定長のS撚りのつる巻き状成形体及びZ撚りのつる巻き状成形体を「架空電線の外周にスパンの略全域にわたる長手方向に沿つてS撚りとZ撚りが一定のくり返しになるかまたはランダムになるように巻付ける」(原告のいう第一の要件)との構成を採用したのは、架空電線の外周に、巻き方が同一方向のつる巻き成形体のみを巻付けると、電線の長手方向に沿つて一様な着氷雪が生じ、全線にわたつて一様な揚力が発生するが、つる巻き状成形体を巻付ける方向をS撚り(右撚り)とZ撚り(左撚り)の異なる方向にすることによつて、つる巻き方向の異なる部分では、着氷雪の状態が異なり、着氷雪は電線の外周長手方向に一様な翼状に成長しないため、架空電線に作用する揚力が長手方向に沿つて不均一となり、ギヤロツピング防止の効果を得ることができるからであること、本件発明の構成のうち、「所定長のS撚りのつる巻き状成形体及びZ撚りのつる巻き状成形体」を用いること(原告のいう第二の要件)とした理由は、連続長の線条体を巻き方が異なるように電線に巻付けるには、巻返し点を固定しなければならないから、巻付作業が非常に面倒となるが、あらかじめ成形された「所定長のS撚りのつる巻き状成形体及びZ撚りのつる巻き状成形体」を使用する(前記第二の要件)と、電線への巻付けが容易であり、しかも一旦巻付けたらはずれにくいという効果が期待できるからであり、発明の詳細な説明欄には、この要件に関し「一様な着氷雪を防止する」という本件発明の基本的な課題を解決するために直接寄与するものであることについての記載は何ら見い出せないことから、この要件は、主として架空電線への巻付作業を簡便化するために採用されたものであることが認められる。右認定によれば、一様な着氷雪を防止するという本件発明の課題は、線条体を架空電線のスパンの略全域にわたる長手方向に沿つてS撚りとZ撚りが一定のくり返しになるかまたはランダムになるように巻付けること(第一の要件)によつて達せられるのであつて所定長のつる巻き状成形体を使用する(第二の要件)か、連続長の線条体を使用するかは、右の課題解決とは直接関わりない事項で、たかだか巻付作業の面の容易さに関わることであるにすぎないものと理解される。したがつて、第二の要件に関する被告の主張は採用できない。

2  第一引用例に審決認定のとおりの記載があることは、当事者間に争いがなく、また、成立に争いのない甲第六号証(第一引用例)によれば、第一引用例は、架空送電線のギヤロツピング現象に関する数多くの文献情報を概観した学術報告書であるが、第一引用例には、①強風がある角度で非対称断面に当たつた場合、空気力学的な揚力が発生し、それがギヤロツピングの原因になること、ギヤロツピングは、導体に作用する揚力成分及び抗力成分の合成値が横振動の運動方向において零でなく、しかも系統固有の振動減衰力を超えた場合に発生すること(「一般的な空気力学的メカニズム」の項)、②実現可能な抑制方法としては、「着氷の防止」、「振動減衰作用の利用」、「相間スペーサー」の設置、「スポイラー」の利用などがあることが述べられており、「スポイラー」の項には、次のとおりの記載のあることが認められる。「可能性がある別のギヤロツピング抑制方法は、合成揚力が実効的に零になるように導体(電線)上における氷の付着の成長を邪魔すること(to interfere with the development of the ice deposits)である。「これを実現する一つの方法は、導体の直径の約三〇%の直径を有するロツドを使用し、これを約一二インチのピツチで導体に螺旋状に巻付けることである。」(記載(A))、「螺旋の方向を径間全体にわたつて同一にすることに起因する望ましくない空気力学的効果を減ずるため、撚りの方向は、導体に沿つて数多くの間隔で変更することができる。」(記載(B))、「スポイラーの直径が比較的小さい場合(例えば直径〇・一インチ)(審決に、「すなわち、直径の〇・一倍程度だと」とあるのは誤記である。)には個々の巻回の間の間隔を氷が埋めるようになり、氷の形状はスポイラーによつてほとんど影響を受けることがない。スポイラーの直径を大きくすると、氷は導体及びスポイラーによる全体外形に従うようになる。」(記載(C))、「この方法は、非常に魅力があるとはいえないものの、極めて困難な問題を抑制する一つの可能性ある手段を提案するものである。」(二〇頁右欄一二行ないし二一頁左欄一七行)

右の記載のうち、記載(A)の実現可能なギヤロツピング抑制方法の一つとされた「合成揚力が実効的に零になるように導体上における氷の付着の成長を邪魔すること」とは、右の記載内容に徴しても、導体上における氷の付着の成長を前提としたうえで、着氷雪の成長が一様になるのを妨げることによつて、合成揚力が実効的に零になるようにするための構成をいうものと解される。第一引用例の「スポイラー」の項における右の記載には、架空電線の着氷雪によるギヤロツピングを抑制するための構成として、架空電線にロツドを螺旋状に巻付け、巻付け方向を架空電線の径間(スパン)において数多くの間隔で変更させる構成が開示されており、この構成によれば、ロツドの巻付け方向に沿つた形状で着氷が成長していくが、巻付け方向をスパンにおいて数多くの間隔で変更させていることから、その着氷雪の状態は一様とはならず、その結果として不均一な揚力が作用し導体(架空電線)における合成揚力を実効的に零にしてギヤロツピング抑制効果を上げ得るというものと理解される。もつとも、第一引用例の撚りの方向の変更に関する記載(B)には、撚りの方向を変更することにより、氷の付着の状態が異なることやそれによつて不均一な揚力が作用することについて明記されていないが、前後の記載内容からして、架空電線の外周に巻付けるロツドの撚りの方向を変えるならば、それに応じて、氷の付着の状態が異なり、そのために架空電線に不均一な揚力が作用することになることは当業者が容易に認識理解し得ることと認められる。被告は、第一引用例の記載Aからは、同引用例が導体に螺旋状に巻付けたロツドによりギヤロツピングを防止できる技術を開示しているものとは理解できないし、記載(B)の「望ましくない空気力学的効果」や記載(C)の意味するところも明確でない旨主張するが、前記認定のような第一引用例における「スポイラー」の項の位置付及びその記載内容全体を総合して読めば、前記記載(B)及び(C)の記載には、導体に巻付けるスポイラー(これがロツドを意味するものであることは記載(A)を参酌すれば明らかである。)の直径が比較的大きければ着氷雪の付着の状態もその外形に沿うことになるので、撚りの方向を変更することによつて、着氷雪の一様な成長(一様な翼状の形成)を防ぎ、これによつてギヤロツピングの原因となる「望ましくない空気力学的効果」の発生を防げ得ることが示されており、前記にようにギヤロツピングは電線に作用する一様な揚力により発生するものであり、第一引用例においても、「空気力学的な揚力」をギヤロツピングの原因として把えていることからみて(「一般的な空気力学的メカニズム」の項)、記載(B)にいう「望ましくない空気力学的効果」とは右の一様な揚力の発生を意味するものと理解できる。そして、これらの記載と記載(A)とを併せ読めば、第一引用例が、前記のとおり第二の要件の点は別として本件発明と基本的に共通した技術を開示しているものと認めることができる。したがつて、第一引用例の記載内容が明確でないこと及び右の本件発明と共通した技術を開示したものとは認められないとする被告の主張は失当であり、これを前提とする主張も採用の限りでない。

3(一)  そうすると、本件発明と第一引用例記載のギヤロツピング防止方法とは、架空電線の外周に巻付ける部材において、本件発明では所定長のS撚りのつる巻き状成形体及び所定長のZ撚りのつる巻き状成形体を用いているのに対し、第一引用例の方法では、ロツドを巻付けている点で相違するのみであり、その余の構成においては一致していることになる(本件発明において、S撚りとZ撚りのものを用いることは、第一引用例の「巻付け方向をスパンにおいて数多く変更する構成」に対応する。)。そして、右の相違点である「所定長のS撚りのつる巻き状成形体及びZ撚りのつる巻き状成形体」を用いること(第二の要件)とした理由が、主として巻付け作業を容易にすることにあることは、すでに認定説示したとおりである。

(二)  第二引用例ないし第四引用例に審決認定のとおりの記載のあることは、当事者間に争いがないところ、これら引用例の記載内容に徴すれば、架空電線の外周に巻付ける線条類を第一引用例に開示されたロツドに代えて、所定長のS撚りとZ撚りのつる巻き状成形体(つる巻き状に予め成形し、かつ、所定の長さに予め切断した線条類)とすることは、当業者として容易になし得たものと認めることができる。なお、被告は、本件発明の課題や構成の観点から第二引用例ないし第四引用例の記載内容について縷々主張しているが、前記のとおり第一引用例に本件発明と共通した技術が開示されているのであるから、その点からその余の引用例を更に検討することは意味がなく、かつ、第二引用例ないし第四引用例からは、架空電線に所定長のつる巻き状成形体を巻付ける技術は周知の手段であることが認められるから、この点の被告の主張は理由がない。

4  右のとおりであるから、本件発明は、第一引用例ないし第四引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるから、これに反する審決の判断は誤りであり、違法であつて取消しを免れない。

三  以上のとおりであるから、審決に認定判断を誤つた違法があることを理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 舟橋定之 裁判官 小野洋一)

〈以下省略〉

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